石見銀山遺跡とその文化的景観
石見銀山遺跡とその文化的景観~島根県大田市~
大航海時代を迎えたヨーロッパにも、「石見」という名が知られたほど、日本の交易を支えた銀。 石見銀山は、大内氏、毛利氏などの戦国武将による争奪戦の末、徳川幕府が支配し、質の高い銀の増産に成功しました。戦国時代から、江戸時代の初期までは、現在の島根県太田市大森町を中心に、仁摩町、温泉津町まで鉱脈が広がる、日本最大の銀山でした。
世界遺産登録の延期勧告を受けていた石見銀山でしたが、地元島根県をはじめ、日本政府、ユネスコ日本代表部などが団結して、体制を立て直し、アピールをし続け、見事2007年、日本で14件目の世界文化遺産に登録されました。
東西の経済、文化交流の促進に、多大な貢献をし、かつ、自然豊かな環境が昔から維持されていることが、大きな評価を得て登録に至ったようですが、日本の近代化化や産業の発展に大きな貢献をしたという産業遺産としては、日本初の登録となります。石見銀山は、自然と鉱山が共存する珍しい産業遺跡です。
石見銀山遺跡への交通アクセス
JR山陽本線大田市駅から、石見交通バス26分。石見銀山遺跡とその文化的景観は、主に3つのエリアに分けられます。 それでは、一つずつご紹介していきましょう。
石見銀山遺跡巡り(見どころ)
>大森町>銀山地区
>温泉津(ゆのつ)
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