平城宮跡
710(和銅3)年、元明天皇が藤原京から遷都して以来、74年間にわたり、都として置かれた平城京の中枢が平城宮です。
平安京遷都の後、水田として使われていたため、遺構が良好な状態で保存され、発掘調査は現在でも続いています。
すっぽりと空いている広大な宮跡には、広場として保存されているところもあれば、復元された建物もあります。当時、建物の柱があったところには、ツゲの木が円柱状に刈られて並んでいたり、 建物があったところには、張り芝、道路があったところには、砂利や舗装道路、塀を形づくってサザンカが植えられたりするなど、できる限り、古の雰囲気が近づけるように、工夫されています。
現在、平城宮跡には第一次大極殿、朱雀門、東院庭園、宮内省などが、あちこちに復元されていて、ゆっくり訪ねて歩くのが楽しいでしょう。
平城宮跡のシンボルとなっている朱雀門は、平成10年の復元で、高さ20m、幅75mの朱塗りが美しい二重門です。当時の朱雀門は、常に開かれたものではなかったようで、護衛する者に守られていました。門の前で儀式が行われていたり、イベントが行われていたり、敷居の高い舞台的な役割もしていたようです。
現在、毎夜ライトアップもされていて、中には入れませんが、遠くからでも暗い中に浮かび上がる幻想的な姿は、うっとりしてしまうほどきれいです。
また、同じ年に復元された東院庭園は、日本庭園のルーツとも言われていて、朱塗りの正殿の周りに、玉石を敷き詰めた池が広がっていて美しい景観が見られます。
もっと、平城宮のことを知りたい方にお勧めなのは、平城宮跡資料室です。
資料室には発掘調査の結果を、出土品やパネルで分かりやすく紹介してくれるほか、当時の暮らしぶりをうかがわせる出土品も多数展示してあり、非常に興味深い場所です。
または14系統17分、平城宮跡下車徒歩すぐ。
平安京遷都の後、水田として使われていたため、遺構が良好な状態で保存され、発掘調査は現在でも続いています。
すっぽりと空いている広大な宮跡には、広場として保存されているところもあれば、復元された建物もあります。当時、建物の柱があったところには、ツゲの木が円柱状に刈られて並んでいたり、 建物があったところには、張り芝、道路があったところには、砂利や舗装道路、塀を形づくってサザンカが植えられたりするなど、できる限り、古の雰囲気が近づけるように、工夫されています。
現在、平城宮跡には第一次大極殿、朱雀門、東院庭園、宮内省などが、あちこちに復元されていて、ゆっくり訪ねて歩くのが楽しいでしょう。
平城宮跡のシンボルとなっている朱雀門は、平成10年の復元で、高さ20m、幅75mの朱塗りが美しい二重門です。当時の朱雀門は、常に開かれたものではなかったようで、護衛する者に守られていました。門の前で儀式が行われていたり、イベントが行われていたり、敷居の高い舞台的な役割もしていたようです。
現在、毎夜ライトアップもされていて、中には入れませんが、遠くからでも暗い中に浮かび上がる幻想的な姿は、うっとりしてしまうほどきれいです。
また、同じ年に復元された東院庭園は、日本庭園のルーツとも言われていて、朱塗りの正殿の周りに、玉石を敷き詰めた池が広がっていて美しい景観が見られます。
もっと、平城宮のことを知りたい方にお勧めなのは、平城宮跡資料室です。
資料室には発掘調査の結果を、出土品やパネルで分かりやすく紹介してくれるほか、当時の暮らしぶりをうかがわせる出土品も多数展示してあり、非常に興味深い場所です。
平城宮跡(へいじょうきゅうせき)所在地
奈良県奈良市佐紀町平城宮跡(へいじょうきゅうせき)へのアクセス
近鉄奈良駅から奈良交通バス12系統10分。または14系統17分、平城宮跡下車徒歩すぐ。
スポンサードリンク



